月と記憶、星の海

思い出さないでほしいのです
思い出されるためには
忘れられなければならないのが 
いやなのです
(寺山修司『思い出さないで』)

占星術において、月は記憶を意味する天体
幼いころから繰り返してきたことを無意識にコピーする

私たちの細胞はひとつひとつが知性と思考を持ち、触れたもの感じたものをすべて記憶している。
私たちの脳は忘れてしまったかもしれないが、細胞はすべてを記憶しているのだ。昔、私たちがまだ海にいたころ、海の水のゆらぎや水面に反射する月の光を命のリズムとして生きていた。そのリズムが私たちの細胞の中に生きている。遺伝子の記憶だけではなく、細胞質を満たすものの中にも記憶がストックされている。私たち動物は陸に上がるときの体に海を作らなければ上がれなかった。私たちの血液の成分と海水のそれは、とてもよく似ている。

私たちの細胞は記憶している。
行ったこともないのに、はじめての場所あるいは写真で見ただけでも、なぜか懐かしいと思う景色や場所。もしかしたら過去世の記憶かもしれない。
懐かしいもの、懐かしい匂いのする人。

ノスタルジアとは郷愁を誘うというよりむしろ、「慕わしい」というのが本来の意味ではないだろうか・・・・・・

今はもう別れた人
私やあなたの知性はその人を忘れても、すべて細胞は記憶していて、もう会えなくても一緒に生きているのかとか、ふと思う。
もしかしたら、ある日なにげなくコーヒーを飲もうとしたとき、ボーっとキャンドルの火を見ているときなんかに、それらの記憶はふっと浮かんで来るかもしれない。「思い出そう」とするまでもない。体の奥に棲みついている記憶たち。
記憶を満たす水が、私たちの体の中で揺れるのだ。

私たちの生命が宿るところ、子宮
この世、あるいはあの世とどう繋がっているのか
(昔は月を見るのがこわかった。母を見るような気がしたからだ。エリカ・ジョング)

月の満ち欠けが海の干潮を引き起こすのは広く知られている。
それはもっと微細に見ていけば、月の光が海の滴の一滴一滴に影響を与えているということだ。
私たちの細胞のひとつひとつに月はどう影響するのだろう。

神智学者シュタイナーの思想では、肉体→エーテル体→アストラル体の三層のうち、人間はエーテル体を植物と共有している。ドランヴァロ・メルキセデクは、身体の外側2cmから3cmくらいの範囲に青白い最も濃いエーテル体の層があると説明していて、この層は月に関係する。

月は身体の数センチ外側にある最も濃密なエーテル体領域。

もし、覚醒時の意識生活を司る身体の上位にある神経系の働きを眠らせることができたら、人間は或る薄明るい光の大海の中にいる自分を感じ、その中で大自然の諸法則の様々な営みを見ることができるであろう、とシュタイナーは述べている。

古代の人たちは夜空に輝く月を見つめ
夜毎、月の形が変化することから「形は生きている」ということに気づいた。
月は形を変えるということ。月をじっと見つめた者が人類最初の物語をつくった。
エリアーデは「月は人間に原初の条件を啓示した。それは次のことを、すなわち、人間は月の生きた形のうちに自分を見つけだすということをあらわにしていた。」と書いている。

月と太陽は地球から見て同じ大きさだ。
だから“蝕”という現象が起こる。この同じさに見えるというのは天文学的奇蹟なのだそうだ。月が満月のときにほとんど正円に変化するのも奇蹟だという。天文学はこれまで何度も宇宙空間で完全に近い球を描ける天体の大きさをシミュレーションしているけれど、月のあの大きさが最も妥当だという結論に至った。