呼吸の「つぎ目」にある無限の可能性と、身体という寺院で内なる神が食べ、風呂に入り、眠る・・・・・・

112の瞑想カード タントラ秘宝の書より

 

 

自分の内側に充足したエネルギーを感じて、ゆったりと穏やかで、深いくつろぎの中にあって、そして何にもとらわれなくて自由に・・・・・・

 

昔、そんなふうになりたいと思っていた頃、でもどうしたらそうなれるかがわからなくて幾つものヒーリングを試したけれど、どれも一時しのぎに終わっちゃって。。

 

少しずつハートを通して自分の本質とつながれるようになった今、当たり前の日常の中に多くの気づき起こるようになりました。何か大きなことをしなくても生き生きと世界を見ることができるようになったのです。

 

ちょっと雑に干した洗濯物に陽があたるところや、コンビニのレジ前に吊られた広告、すれ違う人、自転車をこぎながら見た空。そうだね、気づきって育てていくものだね。自分が求めているものは自分の中にすでにあるもの。とらわれのない自由を自分の内側で感じたら、それを外側の世界に向けて表現してみればいいんだ。

 

内側も外側も豊かに生きる。自分を生きれば喜びを感じる・・・・・・

 

空を見れば美しいって、つい言葉にしてしまうけれど、世界の神秘や奇跡、本当の美しさは私たちの論理では理解できないことだよね。だから言葉になんかしないで、ただ感じればいい、頭では理解できない次元をね。

 

 

 

とても、ゆったりと心地よい一日。

やさしさを求めている人たちと会った。

 

 

 

 

 

お昼に瞑想をする前に『112の瞑想カード』を引きました。

 

これは「タントラ秘宝の書」全10巻(原題「ヴィギャン・バイラブ・タントラ」)を出典に作られたもので、きって並べたカードから惹かれたものを1枚または複数枚とって解説を読み、そこに書かれた瞑想を試してみる遊びです(あくまで遊びなんです)

 

 

私が今日選んだカードは2枚。

その1枚にはこのようなことが書かれていました。

 

最大限の献身とともに、息のふたつのつぎ目に中心を合わせ、そして知る者を知る。

 

 

 

瞑想カード

 

 

タントラのよれば、身体は寺院です。

神の寺院であり、神の宮居、だから身体を物として扱ってはいけなくて、私が息を吸えば私の中の神が息を吸い、私が食べれば私の中の神が食べる。動いているのは私ではなく、神が自分の中で動いている・・・・・・こう考えると、すべてがどこまでも献身的になる。

 

お風呂に入るとき、自分の内なる神がお風呂に入っていると思ってごらん。

 

ささやかなことかもしれない。だけどやがてあなたの世界は変わってくる。

 

 

「息のふたつのつぎ目」というのはね、息を吸って、息が出て行く前に呼吸をしていない瞬間がある。息を吐いて、また吸う前にやはり息をしてない瞬間がある。吸う息は再誕生、吐く息は死、そのふたつのすき間を見つめるということ。

 

息の出入りの間に、呼吸をしていない瞬間がある。

 

呼吸は停止している・・・・・・つぎ目にあるのは、沈黙、静けさ、空(くう)・・・・・・ここには「恩恵」がある。「空」にはあらゆる可能性がある。

 

 

占星術でいえば太陽と月は宇宙の呼吸。

火星と金星、水星と木星もそうだといえるかもしれない。

 

ホロスコープの真ん中にあるものはなんだろう?と思う。

それは地球だろうけれど、呼吸のつぎ目だとしたら、ホロスコープの中心には無限の可能性があるのかもしれないよね。

 

ほら、無限大のマークである数字の8を横にしたみたいな、インフィニティのマークは真ん中に転換点があって、これも呼吸のつぎ目みたいなものじゃないかと思うのです。

 

 

 

もうひとつのカードはまた改めて紹介しますね。

 

呼吸のつぎ目に無限の可能性があります。

 

あなたの内なる神が眠るでしょう。

 

おやすみなさい。

 

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