神聖なるヒーリングの媒介者として

赤ちゃんの手

自転車で走っていたら、一定の間隔でガタガタいう。

この自転車、ちょっと前にパンクを直してもらったばかりなのに

また空気が抜けちゃったみたい。

タイヤが一周回るごとにガタンと揺れながら

まだ少し雨が降っている夜を泳ぐ。

雨に濡れるのは気持ちがいいなぁ。

空から水が降ってくる。

この世界のあらゆる生命を潤している。

普通、セラピストやカウンセラーはクライアントが抱えている問題をクライアント自身の問題として、その人に解決すべき何かがあると考えます。

ハワイの伝統的なヒーリング、ホ・オポノポノと出会って私が最初に意識するようになったのは、すべての出来事は100%私の責任である、ということです。だから、クライアントに起こった問題は私の中の潜在意識の情報の何かが原因であり、再生された記憶に対して悔悛と許しを求めるのです。

本当は、私たちはもともと完璧な存在です。

悟った存在なのに、こうならなきゃとか、あれが足りないとか・・・・・・成長しだすと思うようになるよね。

自分を幸せにできただけで生きる目的は十分果たしてる。

何者かになんて、ならなくてもいいのにね。

先日読んでいたOSHOの講話に「セラピーは、基本的には愛と瞑想だ」という話がありました。

セラピストと患者がふたつでないとき、セラピストが単にセラピストであるだけでなく、また患者がもはや患者でないとき。その反面、セラピストがその人を治療しようとしないところで、自分と相手との深い関係性が起こり、患者がセラピストを自分自身と分離したものとして見ることがないとき・・・・・・これらの稀なる瞬間に、セラピーが起こる。

(略)

そしてそれが起こったときには、セラピストは自分は神聖なる力、神聖なるヒーリングの媒介としてのみ機能したのだ、ということをいつも知るだろう。

セラピストは患者と同様に、その経験に対して感謝するだろう。実際のところ、セラピストはその経験から、患者と同じくらいに多くのものを得る。

自分を愛するということの責任は、とても真摯で重いものであるということに気づくのです。

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