月に吠える野良猫、春の幸せと「月待ち」

星はただ在るだけ

 

『月に吠える』

は、萩原朔太郎の詩集のタイトルで
フランス語の場合「無益なことを叫ぶ」という意味もあるそうです。

そうか・・・
なんだか自分も無益なことばかり叫び続けて、そして今でも叫んでいるような気がします。
大人にならなきゃという気もするし、なんで大人にならなきゃいけないのかな?という気もします。

叫ぶ月の見えない新月に向かいつつある今日、
夕方は雲が出ていて星が見えるかどうかという空模様でした。
寒かったけれど、冷たい風と都会はピリッとした雰囲気があっていてわりと好きです。

書きたいこと(占星術や植物含め、もろもろ)はいろいろあるけれど
なんとなく仕事をして家のことをして毎日が過ぎていきます。

そんな中、今日はアロマ&ハーバルセラピストで西洋占星術研究家の
登石麻恭子先生のメディカルアストロロジー入門講座に参加をしてきました。

先生の軽快なしゃべり方と、親しみやすい身近な参考例、
思わず笑ってしまう「あるある」話・・・・・・

おもしろかったし、息抜きにもなりました。

こうして新しいことや人と出会って
会話を交わしたりすることで楽しめたり、ガス抜きが出来たりするあたり、
本当に私は月が天秤だなと思います。(天秤も閉じこもるとき、あるけれどね。笑)

 

 

一昨日、

今度の28日、牡羊座の新月の日に『新月酒薔薇祭り』を一緒にする人から
待ち合わせ時間と、「おおいに飲んで食べましょう!」とエール(?)のようなメールをいただいて嬉しかったのだけど、最後に一言、

「当日には桜が咲いてたりするのかな?」

とあって、それを見たら、なんだかとてもかわいいなぁと思いました。

去年、芝公園の近くに飲みに行った帰り道、近くのお寺に桜があるよと言うから、
「桜〜、桜どこだ〜?」って、ほろ酔いでウロウロ探し歩いたんです。

結局なかったのだけど、そうやって一緒にウロウロしてたのが楽しかったのですね。
いえ、ずっと忘れていたのですが、メールを見て思い出したのです。

そうやって私たちの中にはたくさんの小さい記憶が体の中に沈んでいて
何かの拍子にふと、水の底にたまった澱が湧き上がるみたいに意識に上って来て、

冷たい言葉も、すさんだ声も、けっして言わなかった想いさえ、
耳の奥で甘くはぜるような、不思議な愛着を感じるものになっていたりします。

そしてあらゆる思い出はやがて美しくなっていくし、それでいいのですね。きっと。

 

「楽しい」と「幸せ」って、
もしかしたら違うものかもしれません。

もちろん「楽しい」の中に「幸せ」も入っているし、人それぞれでいいのですが、
「楽しい」は興奮が入っていて、それに対して「幸せ」ってもっと当たり前で地味だったりします。

「華」が楽しいなら、「花」が幸せみたいな・・・・・・そんな感じかな、、

「花」は散歩とか、何気なくて普通のもの。華も花もどっちも大事。

こうやって、

吠えるべき月もないのに空を仰いだり
あると期待した桜はないのにウロウロ探し回ったり

そういうことを一緒に分かち合えるのは幸せだと思う。

 

それに、それ以上それ以外は、何もできない関係というのもあるのだ。

あんまり先のこと、考えたくないけれど、
いずれこの日々を思い出して傷に染み入るような思いと一緒に
胸にせりあがってくる日がやって来そうな気がする。

懐かしい痛みが体中を満たす日が来るのではないかと思うと、それはたまらなく嬉しい。

このまま、どこにも目指さない感じで歩んでいきたい。

 

春は、

桜が満開になる桜月
桜の花が咲いて夢見心地になる夢見月
朧に潤んだ朧月
月の光もたゆたうような油月

春の月夜も楽しみにしましょう。

「月待ち」をしていた昔の日本人みたいにね。

 

 

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2017-03-24 | Posted in 日々のことNo Comments » 

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