快楽主義のススメ②火星、金星そして月~悦びは自分の手を伸ばしてつかみ取らなくちゃ!~

渋谷UPLINKにて渋谷UPLINKにて

 

 

先日アレハンドロ・ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』が観たい、できれば21日の夜に行ってタロティスト小川トモコさんのトークショーが聴きたい!とこちらのブログに書いたのですが・・・・・・行ってきました!なんとか時間をもぎとって!

 

映画はまさにこれが映画の魔法、サイコマジック!

そして生きることの全肯定、そこには虚飾などない真の人間の姿、そこで抑圧されながらも本当の自分で生きていくために世界にぶつかっていく主人公アレハンドロ(つまり監督の若い頃)の姿が感動を呼びます。

映画は魔法の儀式であって、儀式は時間が大事、だから映画はクロノジカルに撮られてます。役者も魂の形が近い人をキャスティングしているそうです。

 

監督は言います。

 

・・・・・・自分を生きるのは罪じゃない。

他人の期待どおりに生きるほうが罪だ。

 

 

このブログを読んでいる方で親の期待通りに生きてきたという方はいますか?

その生き方で悦びを実感できていないのだとしたら、この映画はオススメです。ぜひ観てほしい。

 

それから先日、仕事は大変だし楽しくもなんともないけどちゃんと自分の楽しみを積極的に作っている方や、昔、北海道に渡って当時で8000万の借金をして土地を買い酪農をはじめたという方とお話しをした。皆、とくに有名人なわけでも人から脚光を浴びるような何かがあるわけでもない。けれど他人と比べることのない自分の人生、悦びを生きている。自分で選択して自分の手で人生を切り開いている。

 

こういう独立した力は火星と土星が働いていないと難しいかもしれない。

 

 

UPLINKの入り口にはホドロフスキー監督の看板(笑)

カフェも併設されていて23時まで飲んだり食べたりできますよ。

 

 

映画終了後、少しの休憩。

私はその間にカフェで古代のナントカという(←忘れた)白ワインを買う。赤い壁の暗い照明の中、プラスチックのカップに入った白ワインを飲みながらお待ちかねの小川トモコさんのトークショーを聞きました。

私はタロットの知識がないのですが(学びたい!)、映画に散りばめられたタロットの象徴とあわせてマルセイユ版タロットをスクリーンで見せてくださりながらの説明が本当によかったです。

 

 

 

映画では6番目のカード、LOVERS(恋人たち)が重要な象徴として表現されているのですが、私は乙女座だから6番目の星座、タロットでいえばラバーズです。少し気になりつつ、まさかこんな読み方があるなんてという新鮮な驚きでした。

 

恋人のカードはエロスとタナトス。生と死がぴったり合わさった状態、それは望むことをはじめるために何かを終わりにするという意味でもあります。選択のカードであり、真の結合そのものを表すカードでもあります。

 

そして別れが訪れたときには、離れる前に強い結びつきをつくり結合すること。それが離れていてもいつも繋がっているという魔法になる。強く結びつくことで次の段階に行けるという強さがフックされる。それが6番の魔法。

 

恋人のカードで幕を降ろす。

それは真の結合をするということ、真のコミュニケーションをするということ。

 

そうして、自分の内面が変わることで、私たちそれぞれのリアリティのダンスが次々変わっていく。まさに発展する円環のように・・・・・・

 

映画で世界は変えられないけれど、世界を変える準備はできる。
(アレハンドロ・ホドロフスキー)

 

対人関係がテーマになっている星の配置の今、自分自身を生きるために、私は私のリアリティのダンスを踊るために、前に進む勇気を持つために!・・・・・・この映画が肯定してくれたことは実に大きい。

 

そして次に進む勇気は、別れた者との、手放すことに決めたものとの、真の結合にある。

 

 

 

 

 

 

そして快楽主義のススメ、火星・金星・月へ

 

それにしてもこの映画はなんて快楽的なのだろう。

 

ここで渋澤龍彦の『快楽主義の哲学』を紐解きたい。ここではこのようなことが書かれている。

 

「レジャーを楽しもう、と大衆に呼びかけて、このムードを盛り上げようとしている張本人は、マス・コミと娯楽、観光などの余暇産業です。ムードとは、要するに“誰かが作り出した”ムードであって、そこには快楽があるとしても既製品の快楽があるだけです。押し付けられたムードのなかで、いかに既製品の快楽を追い求めても、むなしさが残るばかりです。」

 

そう、それを手に入れたら、やってみたら、そこへ行ってみたら私は満たされるかも!と思っても、結局はむなしい。満たされることなんてない。ブランドものも流行りのレストランも一時の楽しみでしかない。そこに行けばどんな夢もかなうの?愛の国ガンダーラ(古すぎて若い人に通じない)

 

本当に悦びは自分の内側から湧いてきた熱量で、全身が震えるような、そんな悦びはまず、自分で手を伸ばしてつかみとらないとね・・・・・・。外から与えられたものがあなたを本当に悦ばせるなんて、きっとない。

 

 

さらに渋澤先生は続けて言います。

 

「欲望を満たそうとする努力こそ、人間が生きている以上避けて通ることのできない、人生の目標だともいえましょう。」

 

では、その欲望とは?快楽とは?幸せとは?

 

 

幸福は快楽ではない

 

「一口に欲望の満足だといっても、この“満ちた足りた生活”には、二つの考え方があることがわかります。

たとえば、痛い目にあうよりも、あわないほうがよい、失恋するよりも、しないほうがよいというのは消極的な考え方です。いっぽう、狂熱的なツイストを踊りたいとか、血のしたたるようなビフテキを食いたいとか、もう日本はせせこましくていやだから、飛行機でパリに飛んでいきたいとか、恋人と一晩豪華なホテルで過ごしたいとかいうのは、積極的な考え方です。」

 

これはとても面白いことを言っています。

つまり、

 

前者は苦痛を回避するという、つまり占星術でいうところの月的な幸福への欲求。

後者は進んで快楽を獲得しようという傾向、つまり火星的な快楽への欲求。

 

もちろん、これはかなりシンプルな割り振りで、その人の星の配置で月の働きも火星の働きも変わってくるものですが、月と火星の性質を端的によく表していると思います。

快楽も苦痛も人間の感覚に根差した現象で、それだけに切実であり、万人に共通のものであります。しかも幸福をたんに苦痛の欠如だとしたならば、それはどうにもあやふやな主観的なその人だけの概念で、こういうところも実に月的な要素ですね。

 

さらに、幸福は主観的なものですが、快楽は客観的なものだということがあります。これは快楽の金星的な要素で、金星というのは風と地のエレメントに支配された現実的な天体なわけですから、社会で共有できる感覚なのです。別に好みじゃないけど、ハンサムなのはわかるよ、とかね。

そして金星は何より内側で実感する天体です。

 

 

要するに、幸福とは実にとりとめのない、ふわふわした主観的なものであって、その当事者の感受性や人生観、教養などによってどうとでも変わるものです。それに反して快楽は確固として客観的な基準があって、ぎゅっと手でつかめるような新鮮な肌触り、重量感があります。

 

「たとえ一瞬の陶酔であっても、その強烈さ、熱度、重量感、恍惚感は、なまぬるい幸福など束にしてもおよばないほどの、めざましい満足を与えます。」

 

「幸福とは、静かな、あいまいな、薄ぼんやりした状態であって、波風のたたない、よどんだ沼のようなものです。哲学者のスピノザがいったように、せいぜい幸福とは、「人間が自己の存在を維持することに存する」のかもしれません。」

 

「いっぽう、快楽とは、瞬間的にぱっと燃えあがり、おどろくべき熱度に達し、みるみる燃えきってしまう花火のようなものです。それはたしかに夢のようなものですが、それだけに、はげしい起伏があり、人間を行動に駆り立てる美しさ、力強さがあります。」

 

 

月が大事なのは自分の存在を維持する要となるものだからで、月がボロボロになったら何もする気がなくなってしまう、だから月を癒すことは大切・・・・・・でも、その安心と安全を守ることに力を注ぎすぎて、外の世界にチャレンジできなくなってしまうこともある。

 

それに対して、火星と金星が同時に輝いたときの力強さ、行動力、熱量、発する美しさ。

『エンドレス・ポエトリー』が快楽的なのはこのすべてを満たしているから・・・・・・生きる喜びは自分でつかみに行かなくちゃね。

 

 

落ち込んでいる人、病気の人、貧しい人、鬱すぎて何もやる気が起きない人、いろんな方がいらっしゃいますが、少し立ち上がる気になったら、自分に生命力を与えてくれるものはなんでも利用して、それは占星術でもコーチングでもエネルギーワークでもなんでもいいと思うけれど、自分に自由と解放を与えてくれるものがあるのなら熱心にやってみて、そうして悦びを獲得するために手を伸ばしてみてください。

私のことを踏み台にして(笑)、自分を生きるために利用してください。自分の世界を、自分で創造するために。

 

 

『終油の秘跡』 Last Riters

愛されたいと願うものは、決してそれは適わない。

受け入れられたいと願いし者は、誰にも受け入れられない。

尊敬されたいと願いし者は、誰にも尊敬されない。

死を受け入れるために心を静める薬を持たぬ者は、

何に対しても望みなく立ち向かってきた。

司教の祝福も受けずに・・・、

最後のもがきに付き添ってくれる息子もなく。

偉ぶって英雄のように独り

無に帰していった。

何もくれないことで、あなたはすべてをくれた。

私を愛さないことで、あなたは愛の絶対的な存在を見せてくれた。

神を否定することで、人生の価値を教えてくれた。

あなたの残酷さで慈悲を教わった。

父よ、私はあなたを許す。

あなたは世界を創造する力をくれた。

あなたは世界を創造する力をくれた。

 

アレハンドロ・ホドロフスキー

 

 

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