天国より野蛮・・・・・・罪とエロスと、神が禁じたからこそのリリスの誘惑

村田兼一写真集『さかしまのリリス』村田兼一写真集『さかしまのリリス』
モデル:七菜乃

 

 

君を土足で辱しめる
悪夢から君を救いたい
天国よりも野蛮なのに
空の青さに泣きたくなる
(『天国より野蛮』/歌:中谷美紀 作詞:売野雅勇 作曲:坂本龍一)

 

 

月曜日までブログ書いている暇がないかな?と思っていたのだけど、ふとリリスについて書きたくなったので、まとまりがないかもしれないけど思いのままにリリスについて書き綴ってみます。

 

先日のスーパームーンとは対極に月の軌道が地球からもっとも遠ざかる遠地点で表されるのが黒い月リリス。夜空に輝く月は光と闇を同時に兼ね備え、私たちの心に表面化している欲望とはまた異なった、隠されたままの欲望、とくに内に秘められた「情欲」に関してリリスは象徴するとされます。近年は女性も性的に開放的になってきたせいか、雑誌などでもリリスは取り上げられるようになりました。

占星術においては隠された性格や、自分でもそうとは気づかない部分を表し、とくに普段はタブーとされている性的な世界を見るのにリリス占いは適しているようです。

 

男性社会が作った常識や道徳に反しても、逆らえない「生」と「性」への欲求は、無自覚であるほど手に負えないものとなりますが、自覚的であればその人の魅力を輝かせる・・・・・・実際リリスは色っぽそうなルックスをイメージしがちだけど、男っぽいです。髭まで生えてたりします。

 

そんなリリスを神話的に見てみましょう。

 

リリスは神話において子どもを100人食べるなど男児を脅かす存在だったとユダヤの言い伝えにあり、キリスト教においてはイブに知恵の木の実を食べるようそそのかしたのがリリスの変身したヘビだとされています。

 

リリスというのはそもそもアダムの最初の妻でした。土くれからアダムと共に生まれ、二人は猛烈に愛し合いますが、対等を求めるリリスはアダムが正上位になること(つまり支配)に抗議し、アダムはそれを認めなかったのでリリスはエデンの園から出ていきリリンという子どもをたくさん生みます。アダムは後にイブと結ばれ、彼女は従順でしたがアダムは物足りなく、寂しい気持ちになり天使をリリスのもとに送り説得しようとしています。

どうにも思い通りにならない存在というものが男性にはついてまわるようで、不思議なことに自分に従わない要素は性衝動と直結しやすく、これはエストロゲンと深い関わりがあるそうです。

まぁ、「反抗ばかりするけどなんかいい女だな!」みたいなの、ありますよね。実際リリスは自分の子どもを100人殺されてもアダムのもとに帰りませんでした。リリスは決して屈しない、慣れない。つまりイブ=妻=月みたいに慣れるということがないというのは耐性ができないということだから、飽きないのですね。だからこそ性衝動と結びつく。マンネリ化しない。

要するに素直なイブよりも従わないリリスにアダムは欲情していた・・・・・・ということですが、このあたりの話は今回は置いておいて、リリスの神話、そして神と悪魔、タブーと誘惑、楽園追放についてのお話をしようと思います。

 

 

 

 

リリスと大蛇

 

 

エロス
非常に単純な健康的な、疑うことを知らないという女が多すぎる。そんなのは、むしろ動物に近い。エロティシズムを必要とするのは、人間だけであるからだ。裏表のある性格は罪悪だという人がいるかもしれないが、エロスとは本質的に罪につながっているものだ。(『愛するあなた』/鈴木いづみ)

 

そう、「慣れ」はエロティシズムの敵であると言っていいものです・・・・・・その意味では彼氏あるいはボーイフレンドに「おまえ」なんて呼ばれた日にはバイバイしてもいいかもしれない。ことエロティシズムに関して言えば、ね。

 

しかし本当にリリスはタブーであり誘惑の象徴そのものなのだろうか?

 

タブー、禁じるというのは、「禁」という字が林に示すと書くわけですが、これは入ってはいけない神の領域を意味しているようです。神があってこそのタブー。よく考えてみれば、聖書のアダムとイブの物語を紐解いてみれば、神はあらゆるものを食べることを許したのに一つの果実だけは禁じた。絶対に触れてはいけないとふたりに言った。

そもそも自分の子どもが賢くなり知恵をつけることに反対する親とはどんな親なのだろうか?

ともあれ物語では悪魔・・・ようするにリリスが、木の実を食べるようにリリスをそそのかしたとある。これは非常に心理学的に深い物語なのだけれど、もとより神が知恵の木の実を食べることを禁じたからこそ初めて誘惑が可能になったのだ。

 

実は悪魔=リリスが誘惑したのではない、まず初めに神が禁じるという行為により誘惑したに他ならない。「知恵の木に近づいてはならない。その実を食べてはならない。その木に近づくこと、その実を食べることを唯一禁ずる。他のことは自由だ」・・・・・・そう言って神がまずはじめに誘惑した。

 

インド人にとっては悪魔(デビル)という言葉はとてもビューティフルなものでもあるらしい。キリスト教徒のいうデビルとは違って、彼らにとっては「デバ」または「デバタ」、それは神と同じ言葉、同じ語源からくるもの。そして「デビル」と「デバイン」の両方が同じ語源にその源を発し、「デバイン」とは「神聖な」という意味である・・・・・・

 

 

デビル、そしてリリス自身が反逆の神、反逆の天使であったのです。

 

 

街角ごとの落書きには
途方に暮れた神がいる
電線づたいに夜の都市に
空の青さは伝染する
(『天国より野蛮』)

 

 

アダムとイブが暮らしていたエデンの園は何も問題がなく、彼らは無知ではあったがゆえに幸せだった。ふたりの子どもたちも幸せだったが、彼らもまた無知であった。実際に楽園とは動物的存在のことであった。アダムとイブは動物界に住んでいた。動物は死を意識したり葛藤したり相反するフィーリングを感じたりしない。具合が悪くなってはじめて健康の大切さを知ったり、傷つけられてはじめて愛の大切さを知ったりするということもない。

 

リリスは「それを食べたら神のようになれるぞ」と言ってイブを誘惑した。神のようになりたくないものなどいない。そうしてアダムとイブは誘惑され、楽園を追放された。喜びには満ちているけれど無知な存在だった、楽園にいたころから、彼らは人間になった。

 

エデンの園から出てきてアダムがはじめて言った言葉は「私たちはまさに革命の時代を生きている」だ。至福にあふれていた動物界から、無知である存在から追放されるほどの革命、私たち人間はそれほどの革命を経験することはもう二度とないのだという。

 

人間になり、彼らにはあらゆる問題が生じた。

 

アダムとイブは何度もエデンの園にもう一度入ろうとしたけれど、門はけっして見つからなかった。知恵は力を与えるから甘く、エゴを与えるからあらゆる問題を生むので苦かった。

 

 

 

神話を心理学的に読み解いてみるとリリスはけっして誘惑した悪魔というだけの存在ではないことがわかります。

そしてこれは私のうがった考えにすぎないのですが、イブは本当にただ騙されて木の実を食べたのでしょうか?心のどこかに自ら食べたいと思っている、そのような欲望はなかったのでしょうか?

 

エデンの園、そこは至福にあふれ、なんの問題もない。

他者を意識することもないから、比較に苦しむこともない。自分の中に自分しかいない世界と言ってもいいかもしれない。

そこで私たちは誰かを思って泣くことも、独占欲に苦しむことも、人を汚して得るカタルシスに愕然とすることも、罪深い行為に達成感を感じることも・・・・・・何もない。

 

私はもうリリスの子等として生まれ育ってしまったから、どうしても自分の世界を中心に相対的にしか見ることしかできないけれど、楽園って退屈じゃない?誰もが平等、けっして傷つくことがなく、癒される必要もないほどに平和で満たされ、精神的な飢えなど無縁の世界。

 

 

土足で君を辱めて、楽園という悪夢から君を救いたい・・・・・・そう、汚らわしさから逃れる唯一の方法を教えましょう。それは自分が汚らわしさそのものにまみえること、とフランスの小説家であり詩人であり、ゲイで犯罪や放浪を繰り返してコクトーやサルトルに溺愛されたジャン・ジュネは言いましたが、けだし至言なのです。

 

 

 

あの時、あの木の実を食べなければ・・・・・・

 

空の青さに泣きたくなることも、笑った君を抱きしめると気が触れそうな気持ちになることも、天国よりも野蛮だけどこんな世界を時々美しいと思うことも、なかったのでしょう。

 

さて、あなたは自分の中のリリスを自覚していますか?

 

 

微笑った君を抱きしめると
気が触れそうな気持ちになる
天国よりも野蛮なのに
空の青さに泣きたくなる

Wilder than blue heaven
When the world seems to die
Rescue you I willeven
If the fear wets your eyes

Foolish game(played)by their rules
Among the lonely fools
As birds waits for the knife
You are looking for the life・・・・・・

 

 

TOPは村田兼一さんの写真集『さかしまのリリス』より。

J・K・ユイスマンの『さかしま』は19世紀の産業資本主義と決別して、ひたすら自分の脳内に形をとった人工楽園を育てあげ、その中に耽溺していく物語・・・・・・現実と幻想の価値をひっくり返そうという欲求、さかしまという美学。

 

 

 

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2017-12-08 | Posted in 占星術No Comments » 

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