聖なるものも、俗なるものも

世界史と西洋占星術

 

 

暖かい一日でしたね。

今年の桜は早く咲きそう・・・・・・薄曇りの月を見ながら帰宅です。

明日は雨かな?

 

今日は、読もうと思って手をつけていなかった『世界史と西洋占星術』をようやく読み始めました。

もともと昨年末には買ってあったのです。それが今頃になってしまったのですが、とても素晴らしい文章に出会えました。

それは、占星術とは何か?について書かれたものなのですが・・・・・・

 

少しご紹介しますね。

『世界史と西洋占星術』
ニコラス・キャピオン著
鏡リュウジ監訳

占星術は一枚岩の思考法(アイデア)からなっているのではない。占星術には世界中に存在する自然に関する多数の語り(ナラティブ)が盛り込まれている。

注意深く歴史を検証すれば、占星術とは魔術にして予言体系、また心理的成長の理論的モデルであり、科学的であり霊的(スピリチュアル)な道具であり、宗教にして占い(ディヴィネーション)の体系でもある、多面的な存在であることがわかる。

定義上、それぞれの面は互いに重なりあい、相互排除しない。占星術には、互いに競合しあう論理的根拠も数多くの技術体系も存在する。

占星術が目指すものは聖なる目的(神的存在と魂の融合)であるかもしれないし、それとは正反対に世俗的なもの(利益の追求や敵の城の強奪など)かもしれない。

あるいはもっと些細なこと(失くした物のありかを知るなど)かもしれない。もっと深刻(シリアス)なことかもしれない・・・・・・」

 

 

繰り返し読みたい文章です。

 

意識と物質、フィジカルなものとスピリチュアルなもの、その境界線のあいまいになった淡いに、占星術は依って立っています。

神聖なものも、ひどく俗っぽいものも、同じ地平にあるところに懐の深さを感じます。

 

 

たまに、「占星術は統計学だから」という言葉をいただくときに、「それだけじゃないよ」と思っても、思うように説明がつく言葉が出来てきませんでした。

「占星術とは何ですか?」との問いも聞きづらく、私のなかで模索していたみたいです。

 

天気予報も予言のひとつと言ってもいいものですが、台風の移動経路を予測できるようになったのは2000年代に入ってからで、1900年代の終わりまでは、わずか一日先の台風の上陸時間が予測できなかったのです。

私たち人間が世界を予言するということの困難さを表しているようですね。

もちろん、これからの未来を怖れたりせず、今日一日を楽しく生きていきたい気持ちはあるのですが、それでもやっぱり占いって、予言って、ロマンチックです。

 

また、気になる文章に出会いましたら、紹介をしたいと思います。

 

 

ところで、今朝スリスリしておいたスパイスは、無事にもやしの炒め物に使われました。

ごちそうさま。

 

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